精液

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光伸×真弓 8/18




夏特有の雨が地熱を冷ます。湿った空気が頬に纏わる。 急に涼しくなった。けれどこれもほんの一時のものだ。止んだ途端に襲ってくるだろう暑気を思い出して、 僕は少し憂鬱な気分になった。雨粒が窓を叩く音が煩い。 どうしてこうも雨音ごときが耳に障るのかと怪訝に思ったけれど、なんのことはない。 夏季休業に入り、生徒は数名残して皆、帰省していた。騒ぐ輩もいないのだ。 廊下どころか寮全体がひっそりと黙している。 やがて雨は粒などと可愛らしいものではなくなり、硝子窓はぶ厚い水の膜で覆われ始めた。 まったく不明瞭な外界をじいと窺い見ているうちに、ふと脳裡に浮かんだのは、 我ながらなんとも悪趣味なものだった。先輩に毒された。失笑を誘い慌てて口元を拳で覆った矢先に声がした。
「なんだ」
「……うん?」
言うか言うまいか迷った末に、このままずっと黙っていても間が保たないと思い口を開いた。 このての話は重くならないほうがいい。わざと渇いた口調で言う。
「瓶の中から外を見たらこんな風なのかなあ、ってさ」
「………なんの話か、まったく見えん」
「ホルマリン漬けの蜥蜴が」
「はあ?」
「飾ってあるじゃないか、生物室に」
と、言った瞬間、先輩は苦々しく口角を歪めた。ふん、と鼻で嗤う。 先輩があの教師をよく思っていないことは知っていた。 興味がないので、理由を訊いたことはないけれど。 大方、お気に入りの小使いがその教師といい仲だという噂が気に入らないんだろう。 それから先輩はふっと肩の力を抜くためのような息を吐き出して、依然窓の外を見続けている僕の後ろに立った。 背後から伸びた手がするりと襟足を弄り。やがてそれは頬に至る。先輩はその神経質そうな長細い指先で、 僕の唇を数回撫でた。 嫌な予感がした。正確に言えばそれほど嫌ではない。 むしろ、ある程度の予測はできたし、その時点で逃げられた。 逃げなかったのは、僕もきっとそうなることを望んでいたのだ。と今となっては思う。



先輩の舌が僕の舌を食いちぎらんばかりに動いていた。 どちらのものとも知れない唾液が唇から溢れて一筋顎先へと流れる。 いつもなら眉を顰めたくなるようなものだったけれど、 今日はもっと酷くされてもいい気分だ。 と、僕は獣じみたくちづけの最中にそんないやらしいことを頭の隅で考えていた。 先輩はきっと、こんな僕よりずっとまっとうで、綺麗な人間だ。 下品な言葉も行為も、性格の歪みも。全身に纏う高貴さを翳ませるほどのものではなかった。 それが華族の血というものなんだろう。だからこそ、先輩の人でなしと紙一重の優しさは、その判り易いようで判り難い ところが僕にはとても居心地がよかったのかもしれない。 酸素が欲しくて顔を背けた。先輩は僕の後ろ髪を掴んで耳朶を噛んだ。 噛まれた耳どころか、すでに全身が発火したように熱かった。 身体はまったく正直だ。浅ましいと思えるくらいには、まだ余裕があった。 あばらを弄っている手が冷たいと感じるのは、たぶんこの正直な身体のせいだろうけれど、 自分だけが興奮していると思うと少しばかり癪だった。 首筋を掠めた先輩の吐息から体温を推し量り、安堵する。よかった、僕だけじゃない。 先輩は僕を寝台に押し倒し、ちょうど腰のあたりに乗った。 僕の貧相な身体の上で先輩はシャツを脱いでいく。肌が露わになる、骨格が浮き出る。 見ている僕の顔を想像したくはない。もの欲しそうな、まるで蕩けそうな顔をしているだろうから。


「         っひ、ぁ、ああっ 」
後ろから強引に突かれて、悲鳴のような声が出た。支えていた両手が肘からがくんと折れて、腰だけを高く上げている格好になった。 先端が最奥から退いていくときに肉が捩れる感覚がやたらと生々しくて、背筋がぞくぞくした。 身震したら今度は容赦なく押し入れられて、圧迫感に喘いだ。苦しくて息も絶え絶えなのに、 身体のある一部分では足りないと啼いている。こんなんじゃ、ぜんぜん足りない、と。
「んっん、ぅ、せん、ぱ……もっ」
「はっ、なんだ……もう降参か」
「ちがっ……」
こんなことに勝ち負けを唱えるなんて。くだらなさが先輩らしくて可笑しかった。 けれど、負けを認めたくない僕も滑稽にはかわりない。 頭を持ち上げて見遣れば降り止まない雨は、相変わらず外界を不明瞭なものにしていた。 けれど窓を、木の葉を叩く小太鼓のような雨音がまるで聞こえなくなった。 代わりに耳に流れ込んできた先輩の声は甘く艶やかで、それがさも手馴れているようで憎らしい。 僕がなまじ正気なのがいけないのだ。 いっそ周りが見えなくなるほど、なにも考えられなくなるほど。酷くしてくれればいいのに。 顔が見えないからよけい憎らしいのかと、振り返ろうとしたらくちづけられた。 背を反らして、それでなくとも苦しい体勢なのに、僕の顔を無理矢理後ろに向けようとする。 本当に独りよがりな人だ。けれど今日の僕はそんな驕慢な先輩の所作に欲情してしまっている。
「先輩……まだっ……もっと、し      っ!」
言い終わらないうちに先輩は、僕の両手を後ろ手にして身体を倒した。 横になった先輩の身体に乗っかって、僕は下から串刺しにされている。 熱の先端がぐうっとより奥へと移動して、抉じ開けられた苦痛で眼界が涙で揺らいだ。 中の深いところが先輩のものに馴染んだころ、先輩は僕の腰を掴むとゆらゆらと揺すり始めた。 激しく擦られるような動きに慣れてしまった身体には、なんとも焦れったい動きだった。
「う……っ…んん」
「俺が手を貸さずとも腰が動いてるぞ……木下」
「っは、あ……や、っ……あ、あ、あ」
僕は先輩の腰の上で身体を揺らしていた。さっきからこれが僕の身体を出たり入ったりしているのは、 先輩の仕業ではなく僕が自らしていたということか。恥ずかさに気がふれそうだ。 掴まれていた後ろ手を乱暴に引かれて、それに併せて僕の頭は糸の切れた操り人形のように、かくりと後ろに倒れた。 汗がこめかみから頬を伝っていく。そのむず痒さにも僕は身悶えた。
「あ……ふ、うっ……もっ、う、あ、あ、」
僕のあられもない喘ぎ声の向こうに 「木下」と少し切なげに上擦った先輩の声が聞こえた。腰を掴まれた。そして限界まで深く抉られた瞬間、 僕の中でなにかが弾けた。先輩の出したものなんてたいしたもんじゃない。見た目だって僕のものと同じだ。 けれど僕の中がそれでいっぱいになって。あまつさえ臓腑を溶かされる錯覚を見て恍惚とするのだから、 僕はもう、狂人の一歩手前なのかもしれない。 ふいに先輩の手が離れて、支えをなくした僕の身体は引力によって前方に倒れた。 僕の中から先輩が抜け落ちる。ずるりと内臓もいっしょに引き抜かれるような感覚と、 抜かれたそこから先輩の精液がこぼれて内腿を伝う感触にはいつまでたっても慣れなくて、 軽く唇を噛んで堪えた。 仰向けになった僕は目を瞑ったまま、膨らませた肺胞をゆっくり、ゆっくりと萎ませる。 いまだ雨足は弱まっていないけれど、雨音は僕のこの鼓動ほどは煩くない。 目蓋を持ち上げているのも億劫で、薄目で見た窓はやっぱり分厚い水の膜で覆われている。 外界はまったく不明瞭なままだ。ぼんやりと眺めていると、 ふわふわと身体が宙に浮くような、幸せな気分になった。 目蓋が重い。僕はこのまま眠れるのだろうか。だとしたら嬉しい。
「……先輩」
「なんだ」
「………生物室に」
「お前、まだ言うか」
「………蜥蜴の……が」
「おい、木下」
「………ホルマリンの……で」
「……さっさと寝ろ」





先輩も一度見てみるといい。
蜥蜴もきっと、幸せそうな目をしているだろう。