また あした

Information :
水川×金子 



件の土蔵は蔵とは名ばかりで、すでに水川の書斎となっているそこには よほどの人間でなければ寄りつかなかった。 金子は自分がその「よほどの人間」のひとりであることに とても気をよくしているようだった。 特別扱いをしてやれば満更でもない顔をする。 本人は隠しているつもりらしいが察するには易い。 詰めの甘さがなんとも微笑ましく笑いを誘う。 四方をぐるりと囲む壁の一辺の、高い位置にただひとつだけ窓があり、 それは窓というより、もはや換気口に過ぎない小さいものであったが やけに頑丈な格子が付けられていた。 忍び入る細い陽光すら縦縞に遮断するそれは、 閉鎖感をいっそう濃いものにしているように思えた。 水川はそこから伸びる階を見るともなしに見ていた。仄昏い四隅を残して、室内が柔らかな乳白色に染まっている。 その中で剥がれた鱗のような、否それよりもっと微小なものがきらきらと光っていた。綺麗だと思った。 しかしよく考えてみれば身じろいだ所為で舞い上がった塵の類だ。 どこがどうして綺麗なものか。胸中で密かに嗤った矢先に顎を掴まれた。 けして乱暴な手つきではないが、どこか不機嫌そうな指先。 水川は今の状況を思い出して少しだけ動揺した。無論、面に出すようなことはしない。 視線を戻せばもの言いたげな眼差しでこちらを見ている。 咎めるというほど真摯でもなく、呆れるというには情を残しているような。 どちらにせよ、薄く赤みを差した頬や、眼元を縁取る睫にのせた涙のせいで、 結局は水川の優越感を満たすもの以外になりえなかった。
「なにが可笑しい」
「え?」
「笑っていただろう、今」
「そうかい?」
はぐらかすように作った微笑と再開した律動に金子は不本意そうに柳眉を歪め、息も切れ切れに言った。
       っ …… 誤魔化す、な」
うっかり表情に出ていたのだろうか。 たとえそうだとして彼を笑ったのではないのだから責められるいわれはない。いわれはないが、これ以上不機嫌になられてもつまらない。 言い訳はこの際捨て置いて行為に没頭するがいい。水川は短く息を吐くと、金子の腰を掴んで深いところを突いた。
「…… はっ、あ…………あっ、ぁ」
先までの棘のあった声音が色めいてくる。仰け反って晒した首筋は静脈が透けるように白く生々しい。 抜ける寸前まで退き、肉を抉じ開けて穿つ。掠れた嬌声が鼓膜を甘く震わせる。 水川は身震いをひとつ、こうべを垂れる。硬く閉じられた目蓋にくちづけようとして、 寸でのところで阻まれた。強情な手が頤を押し返す。 金子は先よりもまして気分を害しているようだった。
「なんだい、もう……興ざめだな」
「不愉快だ」
「なにが」
「気が乗らないならやめろ」
誘われて乗ってみれば、誘った当人は上の空。俺ばかり、と金子は口惜しそうに小さな声で呟いた。 その顔があまりに可愛らしくて、もっと苛めたくなってしまった、とは言わないでおこう。 いよいよ腹に据えかねたのか金子は逃れるように身を捩った。 そのせいで内部にいまだ収まっている熱がいい具合にそこを擦ってしまったようで 、腕の中の身体は切なげに震えた後、それきり抵抗しなくなった。 本当に、君はやめてもいいのかい?耳元に囁けば、金子は顔を背けて唇を噛んだ。 かすかに生じた罪の意識に水川は眉間に浅い皺を刻む。先の御返しとばかりにいまだ稚さを残す顎を掴みくちづける。 強引に舌を割り入れる。かぶりを振って逃れた金子は、逃れたはいいがいいように喘がされるのは赦せないらしく。 その後行為が終わるまで、頑なに引き結んだ唇を開こうとしなかった。





「なんで僕たち、こんなことしてるんだろうねえ」
ふと漏らした水川の声に、傍らでまどろんでいた金子の身体がとたんに強張る。
「貴様が言うな」
たしかに。からからと笑声をあげれば、派手な嘆息を吐かれた。
寝乱れたシャツの皺に顔を曇らせながら金子は帰り支度を始めた。 非生産的な行為である上に感情が伴わなければ、それはけだものにも劣るのだろう。 残るものはなにもない。なにもないことに安堵する。 つまりはそういう不健全な関係で、だからといっていまさらそこに後ろ暗さを感じることもない。 けれどどうにも、のっぴきならない気がしている。 超えるのは容易いが超えたら最期二度と引き返せない。不安というにはあまりにも漠然としたものが 在った。
「なんだってこんなことになったんだろうねえ」
ひとりごちる、というにはすこし声が大きかったようだ。 金子はこちらをちらと眇めたが、聞こえない振りを決め込むことにしたらしい。賢明な判断だ。 彼は己の内面にはとんと疎いくせに、こんなところばかり聡い。 そうだ、そんなもの。判ればこんなに苦労はしないのだ。 水川は大声で笑いそうになるのをようよう堪える。