放物線

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光伸 真弓 あずさ




天辺まで昇りきった太陽が晒された膚という膚をじりじりと焼いている。 頬を撫でるのが微風であっても、この炎天下に校庭を走らされている輩に比べればありがたいことだ。 と、光伸は教室の窓際の席で頬杖をつき、気だるげに目を細めた。 授業終了の合図に安堵の声を上げながら件の気の毒な輩がわらわらと窓下に現れた。邪気のない嬌声から察するにおそらく一年であろう。 校庭から校舎へ戻る際にここを通ることが間々にある。ならば、と期待というには及ばないなおざりな視線を彷徨わせれば、 その輪から数メートル離れたところに、木下真弓は立っていた。 すぐ見つけてしまうあたり俺も大概だ、と内心呆れながら、 あけすけな馴れ合いに取り残されたように佇むその姿をなんとはなしに見ていた。 遮るものはなにもない。凶暴なほどの陽射しを受けて眼界は白く光っている。 早く木陰に逃れればいいものを、真弓の黒髪は先から一向に揺れることはない。 一体どんな顔をしているのか。こちらから窺い知れないことにすこしだけ落胆している。
それは本当に唐突だった。真弓は天上を振り仰ぎ、手を眼前に翳した。そしてその格好のままやおら顔だけこちらに向けた。 見ていると悟られたわけでもあるまい。こちらがそちらを見ていたとして。そちらがこちらを見たとして。 この距離で視線が交わるわけがない。けれど確かにこちらを見ていると光伸は思った。 表情が判然としないのも手伝い、真弓の姿は作りもののように見えた。 薄っぺらい身体に白い面、癖のない漆黒の髪。常からどこか無機体めいているとは思っていた       無論それはあくまでも外見に限ったことであるが。 などと思っていた矢先にその身体がぐらりと傾いだ。 一本の細い棒切れがぽきりと。支えを失った人形がぱたりと。倒れ方までまるで血が通っていない。 仰々しい音もなく、そもそも聞こえるはずもない。なにも届くはずがないのだ。けれど真弓の背中が地面に打ち付けられた瞬間 見ている光伸の背中にも衝撃が走った気がした。




偶然を装い目当ての教室の横を緩慢な足取りで歩いてみる。 以前ほど纏わりつくことのなくなった火浦あずさがそれでも目敏く自分を見つけ、声をかけてきた。小首を傾げて見詰められる。
「金子先輩、どうしたの?こんなところで」
「どこを歩こうが俺の自由だろう」
言ったすぐさま失敗したと思った。もう少しマシな返答があったはずだ。気もそぞろでいたために、うっかり仮面を被り損ねた。 あずさは一瞬呆けたもののすぐさま、ああと呟きいかにも得心したというような顔で薄く笑った。 居たたまれなさに、光伸は不恰好な笑みを浮かべる。
「もしかして、先輩見てた?」
「なにを」
「真弓のこと、心配して来たんでしょう?」
「なんのことだか、さっぱり判らんな」
「まったく、もう……素直じゃないんだから」
子ども扱いしている後輩に心中を見透かされている。深く長い嘆息を溢したらあずさはふふと意味深に笑った。
「真弓なら部屋で寝てるよ」
どこか楽しげな声が背中を押す。行くんでしょう?言外に察せられて、いよいよ口惜しい。 この期に及んでどう繕うとも、それこそ無駄な足掻きというものなのだろう。 光伸はあずさに背を向け場を後にする。ひらひらと手を振る。降参の意味を篭めていたことは教えてやらない。