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光伸×真弓 タイトル変更

暦の上では春といっても、やはり日陰はまだ寒い。陽だまりを見つけそこに腰を降ろした。 最近周りが浮き足立っているように思えて、僕はどうにも落ち着かない。 それはきっと春が来るからで、そして春は捨てていく季節だからなのだろう。 古いものへの未練と新しいものへの期待が、綯い交ぜになって辺り一面に転がっていた。 もうすぐあの人は制服を脱ぐ。ここにも来なくなる。あの人も古いものを捨てていくのだ。 奥まった場所に散乱している本から一冊を手に取る。 それは以前あの人に面白いと薦められたもので、確かに面白かったのだけれど僕は素直にそうとは言えなくて。 なんとはなしに負けた気がしてあの人の前では二度と読むことはなかった。 あの人はよく煙草を吸いながら本を読んでいた。移り香が、ペエジを捲るたびにかすかに鼻を掠めた。 普段なら傍で吸っていてもなんとも思わないのに、今日はなんだか息苦しくなった。 柄にもなく感傷的になっているのだろうか。 僕はべつに捨てられるわけでもなく置いていかれるわけでもないのに。



落ち葉を踏みしめる渇いた音が聞こえて、僕は知らず息を潜める。 ゆっくり目蓋を閉じる。今、こんな気持ちのままで先輩に逢いたくはなかった。 逢いたくなければここに来なければよかったのだという正論には耳を塞ぐ。 軋んだ音を立てて戸が開くと、隙間から冷たい風が流れ込んできた。 閉じた目蓋を開くと同時に綺麗に磨かれた革靴のつま先が視界に入ってくる。 近づいてくる気障ったらしい足音を聞きながらも、 僕は顔を上げられないでいた。僕は今きっと、とても湿っぽく情けない顔をしているに違いない。 そんな顔を見せたくはない。先輩だけには。執着しているのは僕のほうだと悟られてはいけない。
「やっと片付ける気になったんだ」
手に持った袋を見て思ったままを口にした。どうして僕はこんなことを、こんな棘のある言い方しかできないのだろう。 今だけは忘れていたいのに、そんな日なんて来なければいいと思っているのに。先輩は軽く肩を竦めて、まあなと言った。 紙の類を無造作に袋に押し込んでから、 さて問題はこれだなと少しうんざりしたように呟いた。 胡坐をかいて本を手に取っては、ふたつの山に振り分ける。 どちらかが残り、どちらかが捨てられるのだ。 僕は勝手にそう信じて、捨てられる側を憐れだと思った。 単純に勿体ないと思っただけで、けして親近感を抱いたわけではない。けして。



そうなるだろうと薄々思ってはいた。 先輩は当初の目的を忘れて、硬い表紙のぶ厚い本を読み耽っていた。 こうなるとなかなかこちらに戻ってきてはくれない。駄目だ。そんなのはいやだ。 僕がここに居るということを忘れさせてはいけない。先輩の頭から僕を消してほしくないのだ。
「先輩」
「……… なんだ」
「もうすぐ卒業ですね」
「………そうだな」
まただ。僕は内心途方に暮れる。そんな日なんて来なければいいと思っているのに、どうして僕はそれを思い出させるようなことを口にしているんだろう。 先輩は煙草を咥えたままペエジを捲る。 煙を吐くときに薄く開かれる唇の、その隙間から覗く白い歯がいやらしくて好きだった。 頭を撫でてくれるときの少し困ったような顔が、存外に男っぽい手が。僕は好きだった。 意地悪で。意地悪で意地悪で本当は優しい先輩が。 好きです。好き。大好きだよ。もっと早く、もっと真剣に言っておけばよかったのだろうか。 けれど、言ったところで先輩が ここからいなくなるということは変わらない。あの日の未来がここにあるように、その日はすぐそこまで来ている。 もうすぐそこまで。