ただ踏み出すだけ

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真弓×光伸 1/3




鼓膜の奥、頭蓋の中でずっと鳴っているそれは僕のものだと判っているけれど。 触れ合った胸を叩くそれが自分の鼓動なのか先輩の鼓動なのか。僕にはもう判らない。


唐突な僕の行動に先輩は目を見開いた。 咄嗟に退こうとする腰に僕は腕を回し引き寄せた。 硬い骨の感触に驚愕し、そしてすぐさま当然だと胸中で嗤う。 いまさらその事実に躊躇いを覚えるはずもなく、 むしろそれが先輩だからこそ、媚を孕んだ柔らかな身体よりよほど興奮した。 先輩の身体はいい。あんなものとは比べものにならないほど、いい。 みんなは気づかないのだろうか。あの生物が纏う甘ったるい腐臭を。 思い出しただけで吐き気がするあの。 木下、と動きかけた唇を、言葉に成す間も与えず再び塞ぐ。振り上げられた手の、その手首を捉えて掴む。 気圧されたのか、よろめいた先輩の身体は僕の腕の中、 脚はじりじりと後退る。背中が壁に突き当たり、とうとう退路が閉ざされた。 僕は掴んでいた先輩の手首を壁に強く縫い付けた。 たとえば、これを衝動と呼んでいいのなら、こんなものはいつだってあった。 唐突でも偶発でもない。いつだって普通の顔をして、僕の胸中に横たわっていた。
「 ん ……っ、ふ」
小さな音をたてて唇が離れる。先輩は派手に眉を顰めていた。顰めながらも この独りよがりな交接を先輩も嫌ってはいないのだと、さほど抵抗されないことを僕の都合のいいように、そう解釈した。 けれど嫌いではないから許せるか、というとそれはまた別の問題であるらしくて。 濡れた唇に誘われるように顔を近づけたら、胸ぐらを掴まれ制された。
「なんの真似だ」
威嚇のつもりなのか凄んで言うけれど怯みはしない。 なぜなら、その瞳は憤慨より困惑が色濃く、潤んで揺れているように見えるし。 眦は仄かに赤らんで、色っぽいとしか言いようがない。 まったく、と嘆息混じりに先輩は溢した。その手首を見遣れば薄ら紅い痕があった。 僕が必死に掴んだあまりできてしまったのだろうか。





熱の塊を全部、先輩の中に収め終えて僕は大きく息を吐いた。 本当ならばもっと慣らしたかったけれど、今日の先輩はなかなか観念しないので油断をしている隙に強引に貫いた。 先輩は顎先を天井に向けて、ひゅうと喉を苦しげに鳴らした。息を飲むたびに喉仏がくくっと波打つ。 こんな見慣れたものにまで欲情する今日の僕は本当にどうかしている。 熱病に浮かされているような、得体の知れない感覚に蝕まれている。堪らず僕はそこの柔かい肉を甘食みし、一点を強く吸った。
「        っなところ、に…痕をつけるな!」
慌てた先輩が半身をわずかに起こす。言われてまじまじと見れば、なるほど際どい場所に鬱血痕ができてしまった。 きっちり閉じられた詰襟から、この花弁がちらりと覗いたら、それはさぞかし扇情的だろう。 胸がざわざわと騒ぐ。僕は先輩の腰を掴んで荒々しく揺すった。
「 はっ …… あ、う 」
先輩は首を大きく仰け反らせた。その白い首筋には紅く浮き出た交接の痕。 僕の腰を挟んでいる膝を抱きかかえるようにして幾度も突けば、先輩の手は僕の肩を縋るように掴んだ。
「んんっ … ま、て…… きのしたっ……あ、ああっ」
いやらしく蠢く内側を抉るように動いたら、先輩は僕の肩に爪をたてた。 いつの間にかシャツが肌蹴ていたらしい。 ぴりと皮膚の裂ける気配にそこを見遣れば爪痕に血が滲んでいる。お相こだね。ふふと声を漏らして笑う。 先輩は息も絶え絶えに、ときおり弱々しくかぶりを振る。 こんな切羽詰った先輩の顔は滅多に見られない。僕は恍惚と見入っていた。 そして僕は先輩の熱に手を伸ばす。中のいいところを捏ねると同時に括れを握って擦りあげる。
「 ああっ、やっ         
瞬間、内側の襞がびくびくと痙攣したように戦慄いた。強張った先輩の脚が僕の腕から逃れて床に落ちた。
「んんぅっ …… い…い ……はっ、あ……ああ、いっ 」
いやなのか、いいのか。一体どちらなのだろう。きっと勝手に口をついて出てきただけで、 そこに先輩の意思などない。常に余裕綽々を気取っているあの先輩が、 僕との交接でこんなに乱れているのだと思うだけでもう達してしまいそうだった。 深く浅く内部を責め苛んでいた塊を、ずるりと引き抜いた。 すぐさま一気に突き挿れて唇を合わせる。舌で歯列をなぞってやりながらの律動に先輩はやがて、くぅ、と呻いて腹の上に白濁を散らした。



「おい」
「……はい?」
「今日はなかなかに屈辱的だったぞ」
「そうですか」
忌々しげに唇を歪めて先輩は言った。余韻に浸っていたい僕は億劫なので気のない返事をしただけだった。
「一体どういうことなのか説明しろ」
言いわれても今の胡乱な頭では、的確に説明できるだけの言葉が浮かばない。 そんな状況でなくとも、きっと説明できやしないだろうけれど。 答えあぐねた末に知らぬ振りをしていると、気だるげだった先輩の顔に険が浮かんでくる。声が尖る。
「聞いているのか、木下!」
困った僕はとりあえず、胸中にある感情に一番近いであろう言葉を選んで口にする。
「好きなんです」
「………はあ?」
言ってみると違うような気がする。近いと思ったのだけれど、どこまでも遠いように思えた。 口から離れたとたん、その音はまるで空々しいのだ。 けれど撤回したところでなにか代わりの言葉を言わなければ先輩の気が済むとも思えないので、 不機嫌そうな口元が動く前に僕はいまだ燻っている衝動の塊を。
「先輩のことを好きって言ったんですよ、聞こえませんでしたか?」
千切っては投げ千切っては、先輩に向かって投げ付ける。
「す、き、で、す。何べんでも言ってあげますよ」
好きです好きです好きです。 けれどちっとも伝わる気がしない。伝わるはずがない。こんな言葉で伝わるくらいなら僕はこれほど惑わない。
「莫迦っ、連呼するな!」
「先輩が言えって言ったんでしょう。なんだよ莫迦って」
「そんなもの、言えなどと言っとらん!」
照れているのか怒っているのか、先輩は頬ばかりか耳まで赤く染めている。僕は大仰に嘆息を吐く。 ああ、本当になんて面倒なのだろう。ただ単純に、好きだということを理由に出来ないなんて。 そもそも、こんなものに理由などなくたっていいじゃないか。 衝動なんて手前勝手な欲求でしかないのだから。 生きるために理由が要らないように、欲と名のつくすべてのものに理由なんて要らない。 僕はどうしようもなくあなたが欲しかった。ただそれだけなのだ。 僕があなたを欲しいと思うのは、僕の我が侭な衝動で。そんな衝動をあなたに許してもらおうなんて思っていやしない。