表面張力

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蒼井×小早川 1/27




テーブルの上には結構な本数の空缶が転がっている。 向こう側ではソファに座った小早川さんが グラスの中身を飲み干して満足そうに息を吐いた。 少しは酔っているんだろうか。 小早川さんが酒に強いのは知っていたけれど、 顔にまったくでないのは少しつまらない。 酔いがまわってしどけなく、おれを欲しがる小早川さんは すごく色っぽいだろうと想像できるから。 想像するしか叶わないのが残念だった。 小早川さんはガラスの器に盛られたピスタチオに手を伸ばした。 ぱちんと音を鳴らして器用に殻を割る。取り出した中身を口へ運ぶ。 繰り返されるそのさまを、おれはじいと見ていた。 緑の種子と、紅い唇とその奥の白い歯のコントラストとそれから。取るに足らない動きをしているだけの 小早川さんの指がなんだか妙にいやらしくて、下腹のあたりがそわそわする。 凝視されているのに気づいたらしい小早川さんは一瞬きょとんとした目でおれを見返し、そして柔らかな笑みを浮かべた。 細めた目の際がほんのり赤い。
「なんだ?」
「……うん」
おれは視線を落とし、なんでもないよと言った。 小早川さんは怪訝そうに首を傾げたけれど、そうかと呟いて煙草を咥えた。 火を点けて、やがてふうと煙を吐いたあと煙草を持ったままの手で、立てていた片膝に頬杖をついた。 BGM代わりにつけたテレビはスポーツニュースが流れていて、 画面のほとんどを占める緑鮮やかな芝の上では名の知れた野球選手が走りまわっていた。 そっちに釘付けになっている小早川さんは自分の小指の先が唇を撫でてはその唇を割って奥へ入り込んでいることに、 それがおれの性欲を煽っていることにきっと気がついていない。 人に言わせれば、おれは感情の起伏が常に平坦で表情も乏しいらしいから、 今のおれが発情しているようには見えないかもしれない。 けれど、きれいでいやらしいその指と自分の指を強く絡ませたい欲求がふつふつと 湧いてきているのは事実で。その欲求は下半身に直結しているのも事実だ。 その後どうしたいとか、どうなるのかなんて考えるより先に、 おれは小早川さんの足元に歩み寄り、手を掴み、指から吸いさしの煙草を抜き取った。 驚いて目を見開いている顔を横目に煙草を灰皿に押し付けると、緊張しているのか少し強張る身体をソファに押し倒した。
「なっ        あお、っんん……っ………ふ 」
おれの名前を呼ぼうとした唇に噛み付くようなキスを。 アルコール臭と煙草の苦味と、小早川さんの熱い吐息を口内でかき混ぜて、 どちらのものとも判らない唾液といっしょに嚥下する。 抵抗するようにおれの肩を、それでも遠慮がちに押し返していた小早川さんの手はやがて背中にまわり、 上あごを舌でぞろりと舐めてやればスウェットをぎゅうと握り締めた。 もとから拒絶されるとは思っていなかったけれど、そんな仕草におれは少しだけほっとしている。 忙しく動くおれの舌を、小早川さんは軽く噛み応えてくる。 腰に鈍重な衝撃が走っておれは堪らず顔を離した。 小早川さんは濡れた唇を派手に歪めて見せた。
「ったく、なんだ。びっくりするだろうが」
「キス……したかった」
「したかった、ってお前………それならそれらしい雰囲気ってもんをなあ」
そこまで言うと、小早川さんはふうとため息を吐いて。まあ、いいやと笑った。
「お前らしいっていやあお前らしいからな」
小早川さんの口からおれについての話が出ると少しこそばゆい。と思っていることに、最近気がついた。 他の人にされてもなんでもないことが、小早川さんだと嬉しいということも。 それが特別ということで、好きということなんだろう。
「嫌だった?」
「あ……それは、その……まあ」
そうでもない、と小さく呟いた小早川さんの頬がみるみるうちに紅く染まっていく。 こういう顔を見せられるとおれは戸惑う。 小早川さんの嫌がることはしたくない。けれど、恥ずかしがったり拗ねたり、 いつもの頼りがいのある大人という印象からおよそかけ離れた、 可愛らしい顔を見てみたいとも思ってしまう。 聞けば、好きという感情が高じると意地悪になってしまう場合があるらしい。 それに似ているのかもしれない。 おれにそんな傾向があると思ってもいなかったし、今まで付き合った相手に対して そんな感情を持った記憶もない。 だから困る。けれど困ったところでいつも同じ結果になるんだから、 本当はそんなに困っていないのかもしれない。 黙り込んでしまったおれに、組み敷かれたままの小早川さんは少し呆れたように薄く笑った。 下から腕が伸びて首に回る。襟足を優しく撫でられて、おれは小さく身震いする。
「………するか?」
「うん」
答えて捲り上げたTシャツの裾から手を差し入れたら、小早川さんはへんな声を上げた。 慌てたように上擦った声にまるで色気のないのが可笑しくて、 口はしが緩むのを自覚しながら見下ろせば、小早川さんの瞳が困惑したように揺らいでいる。
「こっ、ここで?」
「だめ?」
そう訊いたけれど答えなんて待ちやしない。脇腹を撫でまわしながら辿りついた乳首を指先で捏ねる。 小早川さんの身体がぴくりと反応する。
「んっ……な、あ、蒼井。ベッドいこう、な」
「……いやだ」
「すぐ、そこだろうが………ぁ、あっ」
柔らかな皮膚の一部のようでしかなかったそこは硬く粒になっていて、 指の腹で摘んでは転がしてやると小早川さんは甘い声を漏らした。
「待てない……よ」
「………っは……くっ、う」
「服、脱ぐ時間だって惜しいのに」
両脚を少し強引に割った膝頭を付け根に押し付ければ、そこはすでに熱を持っていた。 ぐいぐいと揉むように動かしたら、小早川さんは小さく呻いて仰け反った。 首筋に舌を這わせながら、乳首に軽く爪をたてる。
「いっ        蒼井、それっ、やめ、ろ」
窮屈そうに張り詰めた股間を、太腿で何度も擦ってやると小早川さんは切羽詰ったように短い呼吸を繰り返す。 その合間に漏れ聞こえる欲に濡れた声がおれの下半身を刺激する。
「蒼井……頼むから、もう………っ」
小早川さんは懇願するような眼差しを向けた。おれは小早川さんがどうして欲しいのか判っている。 直接触って早くイかせてやりたいと思うのに、本当にそう思っているのに。 焦らして困らせて泣かせたい。そんな自分に逆らえないでいる。
「………小早川さん」
喉が渇いて上手く声が出せなかった。やっと搾り出した声は自分のものではないような気がした。
「イっていいよ………イってよ、このまま」
おれの言葉に小早川さんは少し驚いたようだった。当然だ。おれだって驚いている。 それなのに、身体は勝手に動く。おれは小早川さんのものを掴み揉みしだく。 けして前を開けてはやらない。ファスナーの合わせの部分は厚くて硬い。 その布ごと激しく上下に擦り上げる。
「ああっ、ばっ、か、そん、なっ………い、っく……で、ちまうっ」
啜り泣くような声を漏らす唇を甘く食む。口中を弄り、舌を吸い絡ませれば、 やがて小早川さんはひくひくと身体を引き攣らせた。 手の平にはじわりと広がる生温い熱、頬にはあえかな呼気を感じながら、 どこか満たされている自分に少しだけ吐き気がした。 それが後悔なのか罪悪感なのかは知らないけれど、くたりと脱力した小早川さんの身体を腕の中に抱いて、 今度キスするときはちゃんと言ってからしようと思った。 それはそれで、困らせてしまうような気もしないではないけれど。