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蒼井×小早川 2/2




慣れるとはどれくらい繰り返せばそう言っていいのか、よく判らないけれど。 昨日も一昨日も、もう何度となく歩いた道をおれは今日もまた歩いている。 歩いていると、やがて見えてきた貸しビルの薄汚れた壁に サドルのない自転車が立てかけられていた。 おそらくどこかで盗まれてここに放置されたんだろう。 珍しくもない光景だけど、おれは時々不思議に思う。 どうしてサドルだけ。



コンビニという名前の社交場は午後九時を少しすぎたころ、 健全と不健全が右に口をあけた不等号で結ばれる。 たむろする学生と。それを横目で見ながら通り過ぎる男は帰宅途中の会社員といったところか。 ふいにあがった黄色い嬌声。そして遮るように、クラクションが二度鳴った。 歩みは止めずにガラス越しにちらと中を覗いた。西田はいなかった。 おれは今ぼんやりと、いなくて良かったと思っている。理由は分からない。 ゴミ箱の口からは中身の半分残った弁当とスポーツ新聞がはみ出ていた。


データを取り終えて自動ドアに向かったおれは丁度開いたところで、 スーツ姿の男に追い抜かれた。抜かれざまにかすかなアルコールの臭いがした。 プレスの線が消えかけたズボンと背中には数本の皺ができていた。 出入り口から少しそれたところでおれは去って行く後姿を見ていた。 この時間帯に見かける人はどこか俯き加減で足早に歩く。 それは自然光の下では見えなかった人間の弱さとか狡さとか汚さとかを 明滅するネオンが浮かび上がらせるからだろう、とおれは思う。 それはまるで川の澱みのヘドロのようで。そんなものを大人はあえて見ようとはしない。


目が覚めて、メシ食って。スロ打って、帰ってきて。たまに酒呑んで。 抱き合ってキスをして、セックスして。寝る。 変化のない日常に不満はない。例え大なり小なりの変化があったとしても、 おれはいたって普通の顔をしているんだろう。 腹が減れば食えるものを口に入れ、眠くなれば目を閉じる。 知らないうちに呼吸をしているように、あえて生きようと思わなくとも生きていられるように。 当たり前のことだ。なんの疑問もない。そう思っていたし、これからもそうだと思っていた。 けれど、最近のおれは少し変だった。 最近、というものの始まりがいつからなのか自分でもおおよそ見当はつくし、 見当がつけば原因も分かりそうなものだけど。 なぜかおれは、その決定的ななにかを、見て見ない振りをしている気がする。





おれがキッチンで酒の用意をしていると、先にリビングに戻った小早川さんがテレビをつけた。 ニュースを読みあげるアナウンサーの声が聞こえてくる。 ××駅で起きた人身事故のためにダイヤは大幅に乱れ       淡々とした口調でアナウンサーは言い 足止めを喰らった人たちの疲弊した姿が画面に映し出された。 おれはロックを小早川さんの前に差し出しながら、その映像を視界の端で見ていた。 切り替わったカメラは高い位置からプラットホームを見下ろしている。 おれは喉もとのあたりに引っ掛っている重苦しさを、口に含んだ水割りと一緒に飲み込んだ。




「はっ、あ       んぅっ………」
うつ伏せにさせた小早川さんの腰を持ち上げて、ゆっくり中に押し入る。 おれの形に拡げられた入り口をつうと指先でなぞったら、小早川さんの肩が小さく震えた。 シーツを握り締め顔を枕に沈めている、その項から腰までのラインがすごく色っぽくて、 おれは浮いた背骨に舌を這わせた。全部埋め込んで、おれのものを包む粘膜の熱を動きを止めたまましばらく感じていると、 小早川さんの中は誘うように、先を強請るようにうねった。
「ん、んんっ………あお……いっ」
「うん………動くよ」
一旦退いて、いけるところまで一気に突きいれる。繋がるなんて生やさしいものでなく、 触れ合った皮膚から臓腑までをどろどろに溶かしてしまうようなその熱は、おれのものをしっかり捉まえて離さない。 まるで食われてしまいそうな狂おしい錯覚に眉根に力が入る。 おれは堪らず、小早川さんの顎を掴んで振り向かせ、少し強引に唇を合わせ。 開かせた唇から舌をいれ小早川さんの舌を探りあて。絡め取ったその舌を吸った。 いくら飲み込んでも零れてくる篭った声が、 切なそうに寄せられた眉間の皺が、震える睫が愛おしい。 激しく腰を動かしたら、小早川さんは大きく仰け反った。唇が離れる。
「っふ………あ、あっ………っう」
退いては突く、その動きに合わせて小早川さんの口から濡れた喘ぎ声が押し出される。 吐き出すおれの息も震えていた。
「お、まえ……っく………今日、なんか使ったか?」
「………え」
「薬、とか……は、ぁうっ       ちょっ、まっ………ああっ」
おれは上半身を倒して小早川さんの身体に圧し掛かる。小早川さんの背中とおれの胸が密着する。 温かい。肌を叩く鼓動が早い。腕を前に回して、触れた乳首を指で弄る。
「お、まえっの……すげえ、かたっ、い………つーか」
「………そう?」
「う、んんっ……たまん、ねぇ……ああ、っ」
「べつに………なにもしてないけど」
「……っ……出てくとき……ゴリゴリ、ぁ、中、ひっかい、て      っく」
切羽詰った声を漏らして、かくりと項垂れた頭を小早川さんは弱々しく振る。 おれは腰に全身の血が集まるのを感じていた。目頭が熱い。くらくらする。 この人はいつの間に、こんなことを口走るようになったんだろう。 告白がどうのこうの、キスをするのしないので、頬を赤らめていたのに。 可愛らしくて、いやらしくて、たまらない。 腰を掴んでぐっと奥に押し進めると、小早川さんは背中をきれいに撓らせた。 ふわり乱れた髪からは嗅ぎなれたシャンプーの匂いがした。
「小早川さんが……っ……変わったんじゃ、ないの」
おれの息も上がっていた。酸素不足なのか気持ちよすぎるからなのか、 頭に靄がかかっている。
「小早川さんの身体が……っく……いやらしく、なっちゃったんだ……よ」
「っん、なわけ       っは……ぁう」
白とも灰色ともいえない靄を掻き分けて、おれは小早川さんの身体を堅く抱き締める。 頭蓋骨に直に響くような甘い喘ぎ声は断続的に引き攣って、それに同調するように中はおれのものを締め付ける。
「あぁ、ぁ、はっ       蒼井……っ…あおっ、い………んっ」
泣きそうな声でおれの名前を呼ぶ。縋る、欲しがる、小早川さんがおれを。 イかせてあげようと手を伸ばしたら、すでにそこには小早川さんの手があって、 握ったものを上下に擦っていた。いやらしい水音をたてて。 おれはその手に自分の手を添えて扱いてやる。
「あっ……も……い、っき…そ、い……っく……」
吐息まじりの艶っぽい声をなかば恍惚と聞きながら、おれの限界も近いことを感じていた。 嬉しい。こんなことを嬉しいと思えるなんて今まで知らなかった。 もっと欲しがって。欲しいなら、おれはおれの持っているものぜんぶあげる。 だから、いっしょにいこう。それが地の果てでも、あっち側でもかまわない。 おれは小早川さんがいればほかになにもいらない。
「いこう………いっしょに」
おれは小早川さんの耳元に囁いて、下から抉るように腰をグラインドさせた。





目が覚めてメシ食って。抱き合ってキスをして。
死にたいとは思わないから、なんとなく生きてはいる。
小早川さんはおれの頭を抱えて眠ってしまった。
スーツの皺。磨り減った靴底。プラットホーム。
ゴミ箱。新聞。放置自転車。
サドルは一体、どこへいったんだろう。