お代は見てのおかえり (5)

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蒼井×小早川 1/8

リビングで缶ビールを一本空にした小早川さんは突然、思い出したように「あ」と言い、慌てた風にキッチンに向かった。 それからガチャガチャと落ち着きのない音に混じって「うわっ」とか「むうっ」とか「くそっ」と言う声が聞こえてきた。 おれは天井をぼんやりと見詰めながら、聞き覚えのある騒ぎだな、と思っていた。
「うーん……やっぱ無理か」
今まで聞こえていたどこか気合の入ったものとは全く違う、沈んだ声がリビングに届いた。 真剣な様子だったから、邪魔しちゃ悪いと思い動かないでいたけれど。 さすがに気になってキッチンを覗いてみると、まな板の上には真っ二つになったメロンが転がっていた。 そういえば、とおれは思い出して苦笑した。 時々顔を出す店のママから貰ったのだと、桐の箱を抱えてきたのは、たしかひと月くらい前だ。 おれもすっかり忘れていた、というか。小早川さんが貰ってきたものだから、と気に留めていなかった。 熟しすぎたメロンは独特の青臭さと、甘ったるい匂いをキッチンに放っていた。 皮の器の中身を見ると、ほとんど果汁と種ばかりで。 辛うじて残っている果肉も切り分けようとすれば柔らかすぎて、ぐずぐずと崩れてしまうだろう。
「勿体ないことしちまったな」
心から惜しんでいるような声で小早川さんは言った。 そうだね、と応えながら辺りをよく見てみると、何をどうすればこんな悲惨な状況になるのか。 ワークトップがそうなるのはなんとなく判るとして、床までびしょ濡れだった。 おれは口はしを緩めた。 小早川さんとキッチンは絶望的に相性が悪い。 今日も水道や、包丁や食器たちが言うことを聞いてくれなかったんだろう。 小早川さんの手の平にはドロドロに溶けた果肉「だったもの」が乗っていた。 果汁は手首にまで伝い落ちている。腕まくりをしているけれど、そろそろ袖がやばそうだと思っていたら。 小早川さんは手の中のものを口に流し込んだ。そのまま手首を伝う汁にくちびるを這わせて、小さな音をたてて吸い付き、舐め取った。 こめかみが、どくんと脈打った。なにかが背筋を走って下りて、腰の辺りで蟠った。
「すっげーあまい」
舌がビリビリする、と小早川さんは笑った。そして、 今度は赤い舌を見せて親指を舐めた。頬が熱い。耳や、首筋まで火照っているような気がする。
「小早川さん」
「……ん?なんだ」
「それ……すごい、エロいよ」
「……は?なに言って       っ 」
おれは小早川さんの手首を掴んで、まだ果汁に塗れている指を咥えた。本当に痺れるほど甘い。 一本、二本と、余すところなく舐め終えておれは、 今度は小早川さんの唇をぺろっと舐める。自分の唇と重ね合わせればそこは温かくて、柔らかくて、しっとりと濡れていた。 メロンのせいじゃない。小早川さんの匂いと色気に眩暈がしそうだ。 おれの口の中に注がれた上擦った声に 我慢できなくなって。齧り付くようなキスをする。掴んだままの手が胸を押し返してくるけれど、 本気で嫌がっているわけじゃないと知っているおれは逃げる舌を追って、捉まえては強く吸った。
「や、めろ、って……なにも、こんなとこで……っん……ぅ、んんっ」
小早川さんは身体を震わせながら身を捩る。シャツの裾をたくしあげて脇腹や胸を弄り始めると、そこはもう発熱しているように熱くて。 セックスを重ねる毎に感度がよくなっているような気はしていたけれど、いつもより早いその反応におれは少し驚いた。 その隙に、小早川さんは顔を背けて逃げた。あばらを撫でていたおれの手に自分の手を重ねて、 抑え込んだ。
「服、が……汚れちまう……だろ」
苦しかったのか、肩をときおり大きく上下させて、小早川さんは伏し目がちに言う。 呼吸を整えるようにゆっくりと息を吐く唇が、キッチンの蛍光灯に照らされて光っている。いつもより赤くて、いやらしくて。 おれは自由の効く指先を動かして、硬くなっている先端を突いた。指の腹で玩ぶように転がして、 爪先で縁を撫でた。小早川さんはひくっと身体を緊張させる、息を飲む。
「……もう……汚れてるよ」
白いシャツの胸元まで濡らして。 起ちあがった乳首と、赤味をさしたそのまわりの肌が、透けて見えていることに小早川さんは気がついているだろうか。 見ているおれの下腹は小早川さんの中に挿入するまでもなく、 触っただけでイッてしまいそうなほどだ。それくらい、いやらしいってことを判っているんだろうか。
「んっ……はっ、ぁ……っ……」
感じているときに漏らす色っぽい吐息が聞こえたと思ったら、小早川さんは堪えるように唇を引き結んだ。 その顔が、ますますおれを煽る。全身の血が中心に向かって滾る。 おれは小早川さんのパンツを下着ごと引き下ろし、そこに顔を埋めた。
「蒼井!ちょっ………だめ、だ……って……くっ、う」
竿の横を啄ばみながら、くびれに辿りつき。先端を口に含んだ。 割れ目を舌で突くと、小早川さんはおれの肩をぎゅうと掴んだ。指先から伝わる必死さが愛おしくて、たまらない。 おれは夢中で舌を絡め、しゃぶる。
「やっ     ばっ、か……ん、なっ……ん、ぅんっ」
髪にするっと指を差し入れられて、背筋にぞわぞわと漣のようなものが走った。 小早川さんは身体を折って、おれの頭を抱きかかえる。 そして、シンクに沿ってズルズルとくずおれた。 おれの身体を膝で挟んで、動けなくする。 その不自由さが、なんだかすごく嬉しくて、鼻の奥がつんとした。 おれは片手を小早川さんの太腿に添えて、もう片方の手を奥へ忍ばせた。 窄みを探り、まだ硬い入り口を解すように撫でていると、指はやがて招かれるように中に埋まっていった。 第二関節まで入ったと思った瞬間、おれの身体を挟んでいた両脚が強張った。
     も、もうっ……で、る……顔、退けろっ、蒼井………出ち、まうっ」
けれど、小早川さんの手はおれの頭を離してくれない。自分から腰を押し付けるようにして、下半身を仰け反らせる。 きっと、気持ちよすぎて判らなくなっているんだ。そう思ったら、おれのものも熱を集めてびくびくと緊張してきた。 先にイかせたい、小早川さんのイクときの声が聞きたい。ラストスパートとばかりに、小早川さんのものを口と手を使って激しく上下に擦った。
「……も、いっ…イ、くっ……から、離せ……っ……はっ……ぁ、あっ」
頭を引き剥がそうとしている手は無視して。 強く吸いながら、唇で扱く。先端が上あごの奥のほうに当たったと思ったら、小早川さんは小さく呻いて、おれの口の中に射精した。 全部出し切るのを待って、おれは脱力した小早川さんの手を頭に乗せたまま、顔を離した。そして口の中のものを飲み込んだ。
「……っは、ぁ……はあ…は……おっ……おまえ……」
小早川さんは手で口元を隠して。高揚して赤く染まっていた頬を、もっと赤くした。
「………飲ん……だ?」
「……うん、飲んだよ」
     ばっ、ばか、おまっ……」
「飲んじゃ……ダメ、だった?」
「……ダメじゃ……ねえけどよ…………」
はあ、と長く深い息を吐いて小早川さんは肩を落とした。それを見たおれは少し不安になる。 口でしてもらったことはあるけれど、飲んでもらったことはないから。小早川さんが今、どんな気持ちでいるのか、判らない。 おれは、おれがしたいから、したまでだけど。もしかしたら、小早川さんにとってはしたくないことだったのかもしれない。 困ってしまったおれは、だからといってこれ以上聞く勇気もなくて、黙って項垂れていた。 ふと、小早川さんの手がおれの頬に伸びてきた。おれが顔を上げると、その顔を両手で挟んだ。 囁くような声で優しく、すごく優しくおれの名前を呼ぶ。
「好き……だ。蒼井……好きだ……好き……蒼井」
何度も繰り返し言いながら、親指の腹でおれの目蓋を。鼻を頬を。唇を撫で回している 小早川さんの顔は笑っているのに、なんだか泣きそうに見えた。 細めた目から、涙が零れ落ちてきそうな。 けれど、小早川さんが泣く理由なんて、今、この場所に見当たらない。 おれが鈍いだけで、どこかにあるんだろうか。あったんだろうか。 やっぱり嫌だったのかと聞こうとしたら、聞く間もなく唇を塞がれた。 あまりに顔が近すぎて。小早川さんがその時、本当に泣いていたのかどうかは判らなかった。