終極

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 克哉×御堂 雑記ログ




耳を塞ごうとも 目を背けようとも
逃れられやしない。
あんたがなにより怖れているのは俺の声ではなく
自分の胸の内に巣食い始めた劣情なのだから。






浅い睡眠と不明瞭な覚醒を繰り返し、 やがて日付が今日へと移ろう頃、御堂は半身をゆっくりと起こした。 関節が一斉に軋む。 御堂は開きかけた唇を手で覆い、悲鳴じみた声を飲み込む。 傍らで静かな寝息をたてている男に気づかれてはいけない。唇を噛み締め、苦痛に戦慄く身体を己が腕で抱いた。

どういう心境の変化か、佐伯は仕事から戻るなり拘束を解いた。 窺い見た表情からその意図は全く計り知れなかった。顔を見たら浴びせようと考えていた罵詈雑言の類は 山ほどあったはずなのに、あまりに唐突で不可解な佐伯の行動に吐き出す機を失った。 力なく項垂れて戒めを解かれた手首を虚ろな目で見下ろす。すでにその部分の痛覚は麻痺している。 紫に変色している痕に触れても痛みはなかった。これも奪われたもののひとつなのだろう。 傷が深ければ深いほど、憎悪もまた深く根付く。痛みのある間は憎しみも薄れずにいられるだろうに。 そんな頼りない杖さえも、この男は。御堂は悼むようにその痕を舌先でつうと舐めた。 高い位置からそんな御堂を見下ろしていた佐伯は、眼鏡の蔓を指先で持ち上げながら口端を上げる。 戻ってから一切、佐伯に攻撃的な言動は見えなかったが、そのレンズ奥の瞳が紛うことなき支配者の傲慢さを湛えていたことを 御堂は知らないでいる。

筋力が衰え自由の利かない四肢はもはや肉の塊としか言いようがなかった。 いっそ切り落としてしまいたい。傾きかけた愚かな思考を胸中で嘲う。 息を潜めてベッドから降り、下肢を引きずるようにしてドアに向かう。 数歩進めて肩越しに忍び見た佐伯に起きる気配はない。 今ならば。強く思うのに、思えば思うほど身体が言うことをきかない。 全身が水分を欲している。とりあえず水だ、それからでいい。 御堂はその選択に違和感を覚えながらも、キッチンへと向かい、シンクに置いたグラスに細く水を落とした。その水音も、 ほんの微かな衣擦れも静寂に拾われてしまっている。呼吸も侭ならない。
           っ!」
伸ばした御堂の手が、蛇口の上で止まる。心臓が跳ねる。 首筋を掠める吐息の、静かな威圧に身が竦んだ。 佐伯の腕が背後から伸び、自分の身体を緩く拘束している。あくまで緩く。 それなのにその腕を払うことはおろか、振り返ることすらできない。
「御堂さん………なにしてるんですか」
揶揄と愉悦を孕んだ声を耳に流し込まれる。憎い、悔しい。そして怖い。それ以外あってはいけない。 けれど、佐伯の体温を背筋に感じたときから、身体はすでにおぞましい兆しをみせ始めていた。 御堂は身を捩り佐伯の腕を振り払おうとするが束縛は解けない。 離せ、と言い終わらぬうちに御堂は息を飲んだ。寝間着の上衣の裾から佐伯の手が入ってくる。酷く冷たい。 その明らかな温度差に火照り始めた自分の身体を思い知らされる。 佐伯の手は胸膚をゆっくりと撫でまわし、やがて敏感な場所を探り当て。摘むようにそこに爪を立てた。 痛みだけではない感覚に知らず洩れた声は熱を帯びていた。佐伯が喉の奥でくつくつと嗤う。
「お、まえ………は、私を解放したんじゃ……っ……なかったのか」
「ええ、たしかに」
言いながら、耳に舌を差し入れてくる。嫌悪感に膚が粟立つ。 硬く痼った胸の先端は執拗に捏ねられ、空いた片方の手は下腹を弄り。 発情を訴える塊を乱暴に掴んだ。
        っひ……ぁ、あ」
「それなら……どうして御堂さんは今ここにいるんです?」
「……そ、れは」
「俺が寝ている隙に、いくらだって逃げられたでしょう?」
御堂は一瞬息を飲み、目を見開いた。動かしようのないその事実にただ愕然としていた。 下肢の鈍重さや喉の渇きのせいだと、言えるものなら言いたかった。 だが、そんなものが理由ではないと、誰よりも御堂自身が知っていた。答えられずに俯いた御堂の顎を後ろから掴み上げ、 佐伯はこの上なく満足そうに囁いた。残酷な宣告に御堂の肩は小刻みに震え。
「ねえ、御堂さん。自分でもわかっているんじゃないですか?」
眩暈がした。激しい絶望感に足元が掬われる。頭蓋内で鳴り響く鼓動が酷く煩い。 いっそその鼓動が佐伯の声をかき消してくれればと御堂は祈る。
「認めたらどうですか。あんたは逃げられないんじゃない」
「………ちがう……ちが」
聞こえてしまう。 御堂は両腕を佐伯に捕らわれたまま、耳を塞ぐこともできず ただ力なくかぶりを振るほかなかった。





認めない。
自分から離れていかないのだと
そんなことは絶対に
認めない。