Hush a Bye Baby

Information :
ファンレン ケンショウ 過去拍手御礼 1/16




キッチンから戻りしなのケンショウは手にしたカップに口を付け、 ソファで座したまま寝入るファンレンを見遣り中身を啜った。 晴れた午後の柔らかな白光が浮かび上がらせる細い輪郭は、見慣れているはずなのに、なぜかいつもとは違うもののように思えた。 胸に充ちてくるこの想いを擁護欲、と呼ぶのは思い上がりなのだろう。 ファンレンは誰かに庇護されなければいられない人間ではないし、 一方的に守られてそれに甘んじる人間でもない。自分がそれを望まないようにファンレンもまた、そういったものを望まない種類の人間だった。 ならば、愛おしさと名づけてみたが、やはり違う気がした。この感情はそんな淡く果敢ないものではない。 大概の人間がそうであるように、ファンレンの寝顔はどこかあどけなく頼りなかった。 灰青の瞳が隠されただけで、これほど印象が変わるのか、とファンレンの目蓋に落ちた蒼い影をケンショウは見詰めた。 無防備に投げ出された足の横。ファンレンに背を向け、じかに腰を降ろした。 ラグもクッションも敷いていない。けれど床は仄かに温もっていて、座り心地は悪くなかった。 ファンレンの無音の呼気が、あまやかな微熱をまとっている。
「 ……… ん……ケン、ショウ……?」
カップから立ち昇る湯気をぼんやり見ていると、起きぬけのごろごろとした声で名前を呼ばれた。 ケンショウは返事の代わりにかすかに首を傾いだ。 さむい。身震いの気配に、ファンレンの肩を竦め身を縮める姿を想像し苦笑する。 ケンショウは背を向けたままカップを頭上に翳した。
「………飲むか?」
受け取ったファンレンの指先の温度は寒いと言ったわりに自分より高い、と感じた。 ほんの一瞬の接触ではあったがおそらく外れてはいないだろう。肌を重ねるようになって判ったことだが、 ファンレンの平熱はケンショウより高く、寝起きであればなおのこと、その温度差を認めるのは難しくなかった。
「うう………さむ」
ファンレンは気だるげに、それでもはっきり不満を訴えていた。 おいケンショウ、寒いって。どうにかしろとでも言いたいのだろうか。自分で動かないくせに、傲慢性を強くして言う。 愛されていると信じて疑っていない幸せな子供のように。 ファンレンが呻きながら身体を自身の両腕で掻き抱いた。恨みがましくこちらに視線を向ける。 敗北感に近しいものを抱きながら、ケンショウは無言で立ち上がった。
「………寒いならこれでもかけていろ」
ケンショウは手にしたブランケットを投げた。 ファンレンは受け取ったそれをしばし見下ろすと、 再び上目使いにケンショウを見た。瞳が、口端が悪戯めいて笑っている。 眉根を顰めたケンショウの手を取り、思いのほか強い力で引き寄せた。
「こっちがいい」
「………甘えるな」
そう言いながらも、ケンショウは拘束しているファンレンの腕から逃れようとはしなかった。 ああ、とファンレンの安堵したようなため息まじりの声が聞こえた。
「寒いなら毛布をかけた方がいいだろう」
「いや、これでいい」
不安定な姿勢で、これでは自重を支えるのも侭ならない。観念したケンショウは小さな嘆息を洩らし、身体をファンレンに預けた。 いつの間にか部屋に差し込む陽光が夕刻の色になっていた。そうか、とケンショウは目蓋を伏せる。 陽の沈み始めるこの時間は、なんとはなしに人恋しくなるものだ。しかし、この状況の良し悪しとはまた別の話だが。
「 ……… いつまでこうしているつもりだ」
これでは暖まらないだろう。言いながら、ケンショウは顔を上げた。 上げたためにいっそう近づいたファンレンの唇は、まるでくちづけを誘うように開かれていた。 抱き締められた腕の強さに、まだ離すつもりはないらしいと察した。もはや抗う気も削がれたし、 この後も同じ会話を続けるかと思えば、ケンショウは諦め半分自嘲まじりの嘆息を吐いた。
「これだけくっつけば、あったけえだろ?」
唇が触れる寸前でファンレンは囁く。 「そうだな」と答えてやってもよかったが、訊いておきながら答える暇もくれず、ケンショウの唇は塞がれた。